京都地方裁判所 平成10年(ワ)683号 判決 2000年2月24日
原告 野田末太郎
右訴訟代理人弁護士 杉山潔志
右同 井関佳法
被告 京都府
右代表者知事 荒巻禎一
右訴訟代理人弁護士 置田文夫
右指定代理人 後藤廣生
<他2名>
主文
一 被告は原告に対し、一二一万四〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年四月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、三六〇万円及びこれに対する平成一〇年四月一日(訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、風俗営業の許可を得ることが不可能な地域でマージャン店の開設を予定していた原告が、被告の警察官から許可を得ることが可能である旨の誤った行政指導を受けたため、無駄な改造工事費を支出する等の損害を被ったとして、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく右損害の賠償及び右損害に対する訴状送達の日の翌日(平成一〇年四月一日)から支払済みに至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実並びに《証拠省略》により容易に認定できる事実(証拠等は、各事実末尾括弧内に記載した)
1 当事者
(一)(1) 原告は、その住所地(以下「本件住所地」といい、本件住所地の上にある原告の自宅を「原告宅」という)において呉服商を営んできた者である(争いがない)。
(2) 被告は、地方公共団体であり、京都府公安委員会を所轄している(争いがない)。
(二)(1) 京都府公安委員会には、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という)によって、京都府内の風俗営業の許可権限が付与されている。
風営法施行規則により、風俗営業の許可申請書等の提出は、開設しようとする営業所の所在地を管轄する所轄警察署長を経由してしなければならないこととされている(争いがない)。
(2) 京都府警察伏見警察署(以下「伏見署」という)では、風俗営業の申請等の風営法の施行に関する事務は、同署の生活安全課(以下単に「生活安全課」という)が所管している。
訴外村上明隆巡査(以下「村上巡査」という)は、生活安全課に勤務する警察官である(争いがない)。
(3) 本件住所地を管轄する警察署は、伏見署である(争いがない)。
2 風俗営業に関する規制の概要
(一)(1) マージャン店の営業は、風営法によって規制される(同法二条一項七号)。
(2) マージャン店の営業等の風俗営業を営もうとする者は、風俗営業の種別に応じ、営業所ごとに、当該営業所を管轄する都道府県公安委員会(以下単に「各都道府県公安委員会」という)の許可を受けなければならない(風営法三条一項)。同法は、風俗営業の許可基準として、大別して人的基準、構造・設備的基準、場所的基準の三つを定めており、この内場所的基準とは、営業所が良好な風俗環境を保全するため特にその設置を制限する必要があるものとして政令で定める基準に従って都道府県の条例で定めた地域内では、風俗営業の営業所開設の許可をしてはならないというものである(同法四条二項二号)。
(3) 風営法施行令(以下「施行令」という)六条は、風営法四条二項二号が規定する風俗営業の営業所の設置の許可が制限される地域(以下「制限地域」という)の基準として、制限地域の指定は、次の地域内の地域について行うものとしている。
(イ) 住居が多数集合しており、住居以外の用途に供される土地が少ない地域
(ロ) 右(イ)以外の地域の内、学校その他の施設で学生等のその利用者の構成その他の特性に鑑み、特にその周辺における良好な風俗環境を保全する必要がある施設として都道府県の条例で定めるもの(以下これらの施設を「保護対象物件」という)の周辺の地域(右施設の敷地の周囲の概ね一〇〇メートルの区域)
(二)(1) 京都府は、風営法の規定を受けて、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例(以下単に「条例」という)を定めており、条例三条は、風営法四条二項二号にいう制限地域を次のように定めている(なお、条例により風俗営業の営業所の開設が許されないと定められた地域を「禁止区域」という)。
(イ) 別表(1)の第一種地域
(ロ) 別表(1)の第二種地域の内、別表(2)の左欄に掲げる施設の区分に応じて、右各施設の敷地からそれぞれ別表(2)の中欄に掲げる距離以内の地域
(ハ) 別表(1)の第三種地域の内、別表(2)の左欄に掲げる施設の区分に応じて、右各施設の敷地からそれぞれ別表(2)の右欄に掲げる距離以内の地域
(三) 本件住所地は、都市計画法上の第二種中高層住居専用地域に指定される地域内にあり、したがって別表(1)の第一種地域内にあるから、風営法四条二項二号、条例三条一項一号により、右住所地においては風俗営業が許されない(争いがない)。
3 風俗営業の許可手続
風俗営業の許可を得ようとする者は、許可申請書に営業方法を記載した書面等を添付し、営業所所在地を所轄する警察署の署長を経由して、右営業所所在地を管轄する都道府県公安委員会に対し、右許可の申請をしなければならない[風営法施行規則一条、風営法に基づく許可申請書の添付書類等に関する総理府令(以下「総理府令」という)一条]。
許可申請書の添付書類としては、人的基準については精神病者等の欠格事由のないことを証する医師の診断書等が、構造・設備的基準については店舗内内装図面、各階平面図、照明設備明細等が要求されるが、場所的基準については、営業所の平面図及び営業所の周囲の略図が要求されているのみである(総理府令一条)。
4 転業の検討
原告は、長期間の繊維業界の不況で本件住所地において営んでいた呉服店の経営が次第に悪化したため、平成九年ころ、本件住所地でマージャン店を開店することを考えるようになった。
5 伏見署への事前の相談
(一)(1) 原告は、平成九年一〇月一五日午後二時ころ、伏見署に赴き、応対にあたった生活安全課の村上巡査に対し、「これまで原告宅で呉服商を営んできたが、この度自宅でマージャン店を始めたい。」旨申し向けて、同人との間でマージャン店開設の許可申請についての事前相談(以下「本件事前相談」という)を行った(争いがない)。
(2) 村上巡査は、その際、原告に対し、原告宅北側の道路(以下「原告宅前道路」という)が府道か否か確認する旨話し、その後京都市に対して紹介し、原告宅前道路が府道であることを確認した。
(二) 村上巡査は、同月二一日、原告に架電した(以下「本件電話連絡」という)。
6 原告のマージャン店開設準備行為
(一) 原告は、同年一〇月二二日、マージャン用具販売業者の訴外株式会社オルニス(以下「オルニス」という)に架電し、「国民金融公庫に融資の相談に行く。手続を委任する行政書士を紹介してほしい。」と言ったところ、オルニスの従業員は、原告との間で、原告宅の改造や必要なマージャン台数の見積もり等のために原告宅を訪問する日程の調整をし、原告に訴外田澤裕行行政書士(以下「田澤行政書士」という。)を紹介し、同行政書士の電話番号を教えた。
そこで、原告は、オルニスとの電話を切った後、田澤行政書士に架電し、「今後お世話になります。」等と挨拶した。
(二) オルニスの訴外鰐口某(以下「鰐口」という)は、同月二三日、原告宅を訪れ、原告に対し、「地下室をマージャン遊技室とするのがよい。マージャン台は五台入れるのがよい。来客のための駐車場が必要である。」旨助言した。
そこで、原告は、原告宅南側の塀を壊し、庭木を除去する等して、自動車四台分の駐車場を作ることにし、そのころ、訴外株式会社京都金沢建設(以下「京都金沢建設」という)に工事代金の見積もりをしてもらった。
(三) 原告は、同年一一月七日、訴外国民金融公庫の融資係に対し、自宅をマージャン店に改造する費用として一六六五万円の融資の申込をした。
しかし、訴外国民金融公庫は、同月一三日、原告に対し融資ができない旨の通知をした。
そこで、原告は、原告宅改造工事の見積もりをし直し、一階の座敷を板の間に改造してマージャン遊技室とし、地下室は駐車場として工事する案をまとめ、同年一二月四日、訴外国民金融公庫に対し、八五〇万円の融資の再申込をした。
訴外国民金融公庫は、同月一五日、原告に対し、融資を承諾する旨の書類を郵送した。
(四) 原告が、同年一二月一六日午前一〇時ころ、田澤行政書士に架電したところ、同行政書士は原告に対し、「警察の方はどうなっていますか。電話で済ますのは失礼ですから、もう一度警察に行ってください。」旨話した。
そこで、原告が、同行政書士への電話の後で伏見署に行くことにして、同行政書士に対し、「自宅の改造にかかりたいのですが。」と尋ねたところ、同行政書士は、「結構です。工事の出来上がる前に見せてもらいに行きます。マージャン台は五台ですね。」等と話した。
7 原告の伏見署への挨拶
原告は、同月一六日、伏見署に村上巡査を訪れ、同人に対し、これまでの教示についてのお礼を述べ、「融資の承諾が得られました。工事にかかりますのでよろしくお願いします。」等と話して、これまでの経過報告と以後の手続についてお願いをした。
8 工事の開始等
(一) 工事の発注
原告は、同日、事前に原告宅改造工事(以下「本件改造工事」という)の依頼をしていた京都金沢建設に対し、電話で、本件改造工事に取りかかってほしい旨依頼した。これに対し、京都金沢建設は、同月一八日から右工事に取りかかる旨返答した。
(二) 改造工事の開始
京都金沢建設は、同月一八日、本件改造工事に着手した。
9 営業禁止区域の発覚と伏見署の対応
(一) 原告は、同月一九日午後三時ころ、手続の相談のため、田澤行政書士の事務所を訪れた。
田澤行政書士は、マージャン店営業の許可申請に必要な書類を作成しながら、確認のために地図を調べ、「あれ、禁止区域ですよ。」と発言した。
(二) 同行政書士は、伏見署の村上巡査に電話を架け、「原告の住所地は風俗営業の禁止区域である。」旨伝えた(争いがない)。
(三) 原告は、同日午後五時ころ、伏見署に赴き、村上巡査との面談を申し込んだ。
伏見署では、同日午後五時三五分ころから、村上巡査のほか、生活安全課の訴外西村俊夫課長(以下「西村課長」という)が原告の応対をした。
(四) 原告は、同日、京都金沢建設に電話をかけ、本件住所地でマージャン店の開設ができなくなったことを説明し、本件改造工事を中止させた。
本件改造工事は、原告宅南側の塀及び植木の撤去並びに地下の板の間の撤去が終了し、ドアの設置が完了している段階であった。
(五) 原告は、同月二〇日午前一〇時ころに西村課長に電話で呼ばれたため、同三〇分ころに伏見署を訪れたところ、西村課長及び生活安全課の前田守係長(以下「前田係長」という)が原告の対応をした。
(六) 原告は、同月二一日、田澤行政書士と電話で相談したところ、田澤行政書士は「事務所に来てもらっても禁止区域は禁止区域ですので、話しようがありません。二二日の月曜日に私から警察に電話します。」と答えた。
田澤行政書士は、同月二二日午後二時ころ、生活安全課に電話をかけ、村上巡査及び西村課長と話をした。その際、田澤行政書士は、西村課長に対し、本件住所地で何とか例外的にマージャン店の開設ができないか調べてみたが、だめであったと話した。その後、田澤行政書士は、原告に電話をかけたところ、原告から「どうしたらいいですか。」と聞かれたため、「伏見署に行ってもらうしかないですね。」旨答えた。
そこで、原告は、同日午後二時四〇分ころ、生活安全課を訪れた。
(七) 原告は、同月二四日昼ころ、オルニスから府道から三〇メートル以内の地域の場合には例外的に風俗営業が認められるケースがある旨の話を聞き、生活安全課を訪れた。
10 本件改造工事代金の支払
原告は、同月三〇日、京都金沢建設に対し、本件改造工事の代金として三〇万円を支払った。
二 争点
1 村上巡査の不法行為の有無(争点1)
(原告の主張)
村上巡査は、平成九年一〇月一五日の本件事前相談の際、本件住所地を地図で確認し、原告に対し、「マージャン店の開設は大丈夫と思うが、調査をして後日連絡する。」旨述べ、さらに同月二一日原告に対し、「マージャン店の開設はできます。よかったですね。」旨電話で連絡した。
現実には本件住所地においてマージャン店の開設は許されないのであるから、同巡査の右各発言(以下まとめて「本件発言」という)は誤りであって、本件発言等による同巡査の指導(以下「本件行政指導」という)は同巡査の過失に基づく原告に対する不法行為である。
(被告の主張)
否認する。村上巡査と原告とのやり取りの内容は次のとおりである。
(一) 本件事前相談でのやり取りの内容
(1) 村上巡査は、本件事前相談の際、住宅地図で原告とともに本件住所地を確認し、原告に対し、「マージャン店の開設は風営法で規制されており、公安委員会の許可が必要である。公安委員会の許可を受けるには、場所的基準、人的基準及び構造的設備基準を満たすことが必要である。事前相談の段階では、許可できるか否かすぐには判断できない。場所的基準に関しては、各地域が都市計画法に基づくところによって、住居地域、商業地域及び工業地域に分けられており、住居地域の内の住居専用地域は風俗営業の禁止区域となっており、その余の住居地域については国道及び府道の側端から二五メートル以内は許容区域と見られることがある。これらの場所的基準のほかに、保護対象物件である病院、診療所、児童福祉施設等の敷地から一〇〇メートル以内は禁止区域である。都市計画法で指定された地域または保護対象物件については、変更がある場合があるので、申請時によく確認した後に申請するように。申請にあたっては、各許可基準に適合しているかどうかを申請者が調査するように。用途地域の確認と保護対象物件の有無についての事実確認、営業所の図面等の設計士が作成したようなきっちりした書類を整えることが必要である。申請書類を整えるためには、各種の調査等が必要で、時間的な余裕がない場合には、まずその手続等について行政書士等の専門家に相談することを勧めるが、それは原告が決めることである。申請書類を所轄警察署に提出して受理され、審査の結果許可基準に抵触していなければ、京都府公安委員会が許可する。申請後許可が下りるまでは、書類の点検や営業所の現場確認等の調査をすることがあり、許可基準の抵触の有無等の調査のために、許可が下りるまでに約一か月前後かかる。」旨説明した。なお、右説明内容は風俗営業の許可の事前相談において、必ず説明すべき内容である。
この際、原告は村上巡査に対し、「原告宅前道路が国道か府道か確認してほしい。」旨申し出た。
(2) なお、村上巡査は、本件事前相談を生活安全課の大部屋で行ったものであるところ、右部屋には上司及び同僚がおり、お互いの話し声がよく聞こえる状態であったのであるから、村上巡査が説明すべき内容を欠落させた説明をしたとすれば、同課の上司または同僚が村上巡査の説明事項の是正等を行ったはずである。しかしながら、同課の上司または同僚が村上巡査の説明事項の是正等を行った事実はない。
また、伏見署には色分けをした都市計画図は存在せず、いわゆる青焼きコピーの都市計画図のみが存在するので、村上巡査が原告に対し色分けをした都市計画図を示して本件事前相談を行ったことはなかった。
(二) 電話連絡でのやり取りの内容
村上巡査は、平成九年一〇月二一日、電話で原告に対し、「原告宅の前の道路について京都市に照会した結果、右道路は府道であるとのことであった。右照会結果は現時点の段階のものであるから、いつ変更になるか分からない。申請時が問題となるので、申請や調査については、行政書士に依頼するか、個人で府庁等に行って調査、確認するように。」旨連絡したところ、原告は「分かりました。手続については田澤行政書士に依頼する予定である。」旨返答した。
(原告の反論)
(一) 風俗営業の営業所の開設許可申請書の添付書類としては、人的基準に関する精神病者等の欠格事由のないことを証する医師の診断書や、構造・設備的基準に関する店舗内装図面、各階平面図、照明設備明細等が要求されているが、場所的基準に関しては、許可申請書に営業所の所在地を記載する他は、営業所周辺の略図が要求されているだけである。
ところが、場所的基準は、条例によって細かく細分化されている上、具体的な地域の指定や保護対象物件の有無については、一般の者には調査の方法さえ分からないことが多い。のみならず、保護対象物件たる病院の存在や、病院としては存在していないものの病院の開設許可を既に得ているもの、診療所の存在またはその開設許可、患者収容施設の有無等の事項は、プライバシーを理由に行政書士等に対しても開示されないことがある。
他方、風俗営業を営もうとする者が許可基準に合致しているかどうか不明なまま許可申請を行い、営業所の設備を購入し、店舗を完成させた後で、場所的基準に合致しないとして開設不許可になるときは、この者は無駄な資本投下を強いられることになる。
そこで、マージャン営業等の風俗営業の営業所の開設予定者(以下単に「開設予定者」という)は、右営業所の開設予定場所(以下単に「開設予定場所」という)で営業所の開設ができるか否かを知りたくて、事前相談のために警察を訪れるのであって、許可基準及び手続についての一般的な説明を受けたのみでは、訪問の目的を達しない。それゆえ、所轄警察署生活安全課の風俗営業の営業所の開設の事前相談を担当する警察官(以下単に「担当警察官」という)は、警察を訪れた開設予定者に対し、事前相談を行い、開設予定場所に営業所を設置することができるか否か等の具体的な相談も行っているのである。
(二) 京都府において、担当警察官は、条例の場所的基準に照らし、まず開設予定場所が条例にいう第一種地域にあるか否かを検討することになる(以下特に断らない限り、第一種地域ないし第三種地域は条例で指定されるものをいい、第一種住居地域、第二種住居地域及び準住居地域は都市計画法で指定されるものをいう)。なぜなら、開設予定場所が第一種地域にあれば、右場所が第一種住居地域、第二種住居地域または準住居地域にない限り、絶対的に風俗営業が許されないから、その余の検討をする必要がなくなるからである。
次に、開設予定場所が第一種地域以外の地域にある場合には、保護対象物件の有無や右物件との距離を検討することになる。とりわけ、開設予定場所が第一種住居地域、第二種住居専用地域または準住居地域内にあるときは、国道または府道の側端からの距離によって、風俗営業の営業所の開設が絶対的に許可されないか、あるいは保護対象物件からの距離如何によっては風俗営業の営業所の開設が許可されるという差異を生じるので、国道または府道からの距離、並びに保護対象物件からの距離を検討することが必要になる。
そして、担当警察官が必要に応じて、開設予定者の申告内容に基づき、第一種地域、第二種地域等の別や保護対象物件の存否につき、当該事務を所管する官公署へ照会を行って確認するのが従来の実務的な取り扱いである。
本件事前相談の際、原告宅前道路が住宅地図で府道と記載されていたにも拘わらず、村上巡査は右道路が府道か否かの照会をしており、右照会の事実は本件事前相談において場所的基準に関する具体的な検討がされたことを窺わせるものであって、右具体的検討がされたことを否定する根拠には到底ならない。なお、原告の申請に関して許可申請書の添付書類に場所的基準に関する書類が要求されていないことは、警察における事前相談で場所的基準につき具体的な検討がされたことを窺わせるものである。
とすれば、村上巡査が原告に対し、本件住所地が第一種住居地域、第二種住居地域または準住居地域であり、原告宅北側道路が府道であれば、マージャン店の開設が可能である旨説明したと考えるのが自然である。
2 損害及び因果関係
(原告の主張)
本件行政指導により、原告は次のとおりの損害を被った。
(一) マージャン店舗への改造工事費 三〇万円
(二) マージャン店舗への改造部分の原状回復費用 二八二万円
(三) 弁護士費用 四八万円
原告は、本件訴訟を弁護士杉山潔志及び同井関佳法に委任し、同人らに対し、京都弁護士会報酬規定に基づき、弁護士報酬として四八万円を支払う旨約した。
(被告の主張)
(一) 争う。仮に原告の損害があるとしても、それは原告が本件事前相談における村上巡査の許可基準、許可手続についての一般的説明を、原告宅前の道路が府道であれば本件住所地でマージャン店を開設できるものと誤って思い込み、さらに同巡査からの原告宅前道路についての照会結果の連絡でマージャン店開設ができるものと誤って確信した結果であって、同巡査の行政指導とは因果関係がない。
(二) 原告主張の損害の内、原告宅改造部分の原状回復費用については、原告は右改造部分を駐車場に整備し、自らの自動車の駐車場として一年以上利用しているから、原状回復の意思はなく、損害にあたらない。
また、本件改造工事の内、駐車場を作るために原告宅の庭の塀及び植木、並びに地下の板の間及びその壁を撤去する工事は、村上巡査が予見し得なかったものであり、右駐車場を原状の庭に回復する工事も同様である。そして、原告主張にかかる損害(一)及び(二)はいずれも駐車場を作るための工事代金及び駐車場を原状に回復させるための工事代金であるから、本件行政指導と右損害との間には相当因果関係がない。
(原告の反論)
本件改造工事は、専らマージャン店開設の目的でされたものであって、駐車場もマージャン店営業のために必要なものであった。マージャン店を開設できないのであれば、全く目的を失い無意味なものになるから、マージャン店を開設できない現時点において、改造部分を原状に回復させる必要がある。
確かに原告は原告宅南側庭の改造部分を駐車場として使用しているが、原告宅は閑静な住宅地にあり、本件改造工事を中止したままの状態で右庭を放置することが許されなかったので、応急工事として、駐車場に整備したものである。したがって、原告に原状回復の意思がないとはいえず、また原告は駐車場を取り壊す費用の支払を求めているわけではない。
第三当裁判所の判断
一 村上巡査の不法行為の有無(争点1)
1 《証拠省略》によると、本件事前相談及び本件電話連絡の具体的内容について、次の事実が認められる。
(一) 本件事前相談の際、村上巡査は、縦約三〇センチメートル、横約二〇センチメートルくらいの白紙一枚を原告に手渡し、その氏名、住所、電話番号及び職業を記載させ、次いで住宅地図及び京都市計画局作成の都市計画図(都市計画法による用途地域等の指定内容が区分けして示された地図、青焼きコピーされたもの)を取り出して、原告宅の位置を確認した。そして村上巡査は原告に対し、病院や学校から一〇〇メートル以上離れていないと風俗営業の許可がされない旨説明して、原告宅の近くに病院や学校がないことを確かめ、次に原告宅前道路が府道であることを確認した。原告が「府道だと思いますが」と答えたところ、村上巡査は、「確認しておきましょう。ご自宅での麻雀店の開設は多分大丈夫と思いますが、調査して後日連絡します」と申し向けた。
(二) 本件電話連絡の際、村上巡査は、原告から「大丈夫ですか」と尋ねられ、「大丈夫です。良かったですね。原告宅前道路は府道でした」と話した。
2 これに対し、被告は、「村上巡査が本件事前相談で説明したのは、風俗営業許可の一般的な基準及びその申請手続であって、本件住所地が場所的基準を満たすか否かについては全く話していないし、都市計画図も示していない。原告方前道路については原告から要望があったので調べただけであり、本件電話連絡は、その結果を伝えただけである」旨主張し、《証拠省略》中には右主張に沿う部分がある。そして、なるほど風俗営業許可の一般的な基準及びその申請手続は、事前相談において一般的に説明するべき事柄であると考えられるから、村上巡査が原告に対してこれを説明した可能性は高く、これを否定する原告の供述は、最も関心を寄せていた事項以外は記憶に残らなかったのではないかとの理解が可能である。しかしながら、その余の点については、次のとおり、右各部分を信用することができない。
(一) 《証拠省略》によると、原告は、平成九年一〇月一四日、知人のマージャン店経営者から紹介を受けたオルニスに電話をかけてマージャン店を開店するについてのアドバイスを求めたところ、鰐口から、マージャン店を開設するには、許可が下りる場所かどうかが一番大事であるから、警察に行って相談するよう指示を受けたので、その翌日である同月一五日、本件事前相談のために伏見署に赴いた事実が認められる。そうすると、本件事前相談に臨んだ原告の最大の関心事は、本件住所地で麻雀店の開設が可能か否かという点にあったと推測される。ところが、村上供述によると、村上はその点に答えていないどころか、原告から、その点について具体的な質問が出た形跡すらなく、不自然極まりないと言わなければならない。
(二) 村上供述においても、住宅地図で本件住所地の場所を確認したことは認めるところ、その理由について、村上は、伏見署の管内であることを確認するためであった旨説明する。しかしながら、平成七年三月から伏見署で勤務している村上が、本件住所地が管内であるか否かを確認するために住宅地図まで持ち出す必要があったとは考え難く、かえって、本件住所地が風俗営業の場所的基準を満たすか否か確認するためであったと考えるのが自然であるし、そうであれば、住宅地図だけでなく、都市計画図も持ち出して確認したとする原告の供述がより自然であると言わなければならない。
(三) 村上が京都市に照会してまで原告宅前道路が府道であることを確認したのは、右道路が府道であれば、本件住所地が別表(1)の第二種地域の2「第一種住居地域、第二種住居地域及び準住居地域の内国道または府道の側端から二五メートル以内の地域」に該当するとの認識を持っていたからであると考えざるを得ない。村上は、原告から要望があったので調べただけである旨供述するが、そもそも本件住所地が住居専用地域に指定されていれば、全く無駄な照会になるのであるから、村上が本件住所地についての用途地域の指定内容を全く確認しないで京都市に対する照会をしたとは考えがたい。他方、原告には、本件事前相談以前には、風俗営業の場所的基準について具体的な知識はなかったと認められるから、原告から右要望が出たのであれば、その前提として、本件住所地が第一種住居地域、第二種住居地域ないし準住居地域に含まれる旨の話が原告と村上巡査との間で出ていたと考えざるを得ず(もっとも、右のような専門用語が使われたか否かは別問題である)、本件住所地の場所的基準について具体的な話が全くなかったとの村上の供述は不自然さを免れないというべきである。
(四) なお、村上巡査及び西村課長は、事前相談においては、都市計画法の用途地域の指定は変更されることがあるから、これを教示すると、申請時までに変更があった場合にトラブルを生じるおそれがあるので、これを教示しないし、都市計画図も示さないのが一般的取扱である旨供述するが、一般に風俗営業許可の事前相談に来る者のうち多くの者の関心は、営業予定場所が具体的に場所的基準を満たすか否かの点にあると考えられる(人的基準に抵触する者は例外的であるし、構造・設備的基準は将来の設備の建築方法の問題である)こと、申請時までに変更が有り得ることの留保付で教示すれば村上巡査や西村課長がいう懸念は解決すると考えられること等に照らすと、これを教示しない取扱は不親切の感が否めず、右供述内容をにわかに信用することができない。
(五) 原告は、本件電話連絡を受け、その翌日(一〇月二二日)には田澤行政書士に挨拶をし、同月二三日には鰐口のアドバイスを得て自宅の改造計画を立て、そのころ京都金沢建設に見積もりを依頼する等、マージャン店開設に向けてにわかに活発な動きを見せている。このことに鑑みると、本件電話連絡によって場所的基準はクリアされたと認識した旨の原告の供述内容は自然である。他方、村上供述によれば、村上は原告に対し、用途地域を自ら確認するよう指示したというのであるから、本件事前相談の後、原告に右指示に従った動きが見られてしかるべきであるが、そのような形跡は、本件証拠上は認められない。
3 行政上の各種の申請において、受理手続に至る前段階でなされる事前相談は、一般に法的根拠があるものでなく、事実上の行政サービスとしてなされているものと考えられるが、行政の申請受理権限を背景としてなされるものであるから、国家賠償法一条にいう「公権力の行使」に当たると解するのが相当である。
次に、申請受理手続の前段階でなされる事前相談において公務員からなされる情報提供ないし教示は、申請受理権限を背景としているため、一般私人によってなされる場合と異なり、相談者は特段の事情のない限り提供された情報を信用し、その教示内容に従って行動するのが一般であるから、事前相談に当たる公務員としては、関係法令等の調査を十分行い、誤った情報を提供したり、誤った教示をしてはならない注意義務を負っているというべきであり、その注意義務に違反して誤った情報提供や教示をしたことによって、これを信用した相談者に損害を与えた場合には、国または公共団体は、その損害を賠償する責任があると解するのが相当である。
4 本件においてこれをみるに、1で認定したように、村上巡査は、本件事前相談及び本件電話連絡において、本件住所地が風俗営業の禁止区域に当たるのに、これを誤解ないし誤認し、風俗営業許可の場所的基準を満たす旨の誤った説明をしたものである。
そうすると、村上巡査の右説明は違法であって、被告は原告に対し、原告が右説明を受けたために被った損害を賠償する責任があるというべきである。
二 損害及び因果関係(争点2)
1 《証拠省略》によれば、原告は村上巡査の誤った説明を受けた結果、本件改造工事に着手してしまい、次のとおりの損害を被ったと認められる。
(一) 支払済み工事代金相当額 三〇万〇〇〇〇円
(二) 地下室の原状回復工事に要する費用相当額 七一万四〇〇〇円(内消費税相当額三万四〇〇〇円)
2 これに対し、被告は、原告が既に京都金沢建設に対して支払った工事代金三〇万円は、駐車場を作るための工事の費用であり、特別の事情によって生じた損害であって、同巡査には予見可能性がなかったから、同巡査の行為と相当因果関係のある損害ではない旨主張する。しかし、《証拠省略》によれば、支払済み工事代金の内訳は、原告宅南側庭の庭木及び門柱の撤去工事等並びに地下室部分の板の間の撤去工事等の代金であると認められるところ、自家用乗用自動車が普及した今日において、店舗の開設者が来客のために複数台分の駐車場を設けることが少なくないことは公知の事実であるから、駐車場を作る準備としての右庭木等の撤去工事の代金相当額も、少なくとも同巡査の行為と相当因果関係がある損害であるというべきであり、被告の右主張は理由がない。
3 他方、原告は、原告宅南側の駐車場を原状の庭に回復させる工事が必要で、その工事代金相当額及びこれに対する消費税相当額である合計二一一万五七五〇円(内消費税相当額一〇万〇七五〇円)も同巡査の行為と相当因果関係のある損害に含まれる旨主張する。
しかしながら、原告宅南側は、原告自身の原状回復の意思の有無はともかく、現に客観的に有用な駐車場として整備されていて、その規模、構造等からして原告の営んでいる呉服店等の営業にとっても有用なものと考えられるから、特段の事情のない限り、これを撤去して従前の庭に回復する必要性は認められず、したがって、そのための費用を同巡査の行為と因果関係のある損害と評価することはできない。
4 そして、村上巡査の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、本件の性質、審理の経過、認容額等の本件に現われた一切の事情を斟酌し、二〇万円をもって相当と認める。
四 結論
以上の次第で、原告の請求は一二一万四〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、右の限度で原告の請求を認容する一方、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用は民事訴訟法六四条本文を適用してこれを二分し、その一を原告の負担、その余は被告の負担とし、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 窪田正彦 裁判官 井戸謙一 田邉実)
<以下省略>